大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)746号 判決 1978年4月14日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を明渡しかつ一三六八万八四〇〇円および昭和四八年三月一日から右明渡ずみまで一か月二三万八八〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに右金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は次のとおりである。
1 控訴人
(一) 請求原因
(1) 訴外寺岡建設株式会社(以下寺岡建設という。)は昭和四〇年六月二日被控訴人から本件建物の建築を請負い、他方同年同月一六日訴外尼新建設工業株式会社(以下尼新建設という。)は寺岡建設から右建築を請負うと同時に、控訴人の亡夫前田友市(以下友市という。)は、尼新建設から、本件建物の建築を、建築材料全部を亡友市が調達することのほか、次の定めで請負う旨の契約を締結した。
(イ) 代金三八〇万円、支払方法、第一回、着工時二五万円、同年六月末二〇万円、第二回、上棟時出来高払、残工事出来高払、第三回、残金全額。
(ロ) 壁下地工事、畳、建具、廊下および階段の取付工事は尼新建設の負担とし、水道、ガス、電気の各工事は註文者である被控訴人の負担とする。
(2) 友市は、直ちに建築工事に着手し、建築資材全部を自ら調達して整然たる基礎の上に柱、梁、桁を組立て、柱に各抜を入れ、昭和四〇年七月中旬には棟上げを終り、その後屋根は瓦の下地板を張り終えた程度に仕上げたが、尼新建設が右約旨にある第一、二回に支払うべき代金一三〇万円を支払わないので、友市は同年九月下旬工事を中止し、同建設に対し、同年一一月二日付同月三日到達の内容証明郵便をもつて、右代金を同書到達後三日内に支払うよう催告するとともに、支払をしないことを停止条件として右請負契約を解除する旨意思表示したが、尼新建設が催告期間を徒過したので、右契約は同月七日解除された。
(3) ところが、訴外大豊建設工業株式会社(以下大豊建設という)は、昭和四〇年一〇月二三日友市から建設中途の右建物の占有を奪つてその完成に必要な残工事にとりかかり、同年一二月ごろ屋根に瓦を葺き、荒壁を塗り終え、さらにその後残工事を施工して同月末には被控訴人に本件建物を引渡し、以後同人がこれを占有している。
(4) しかし、本件建物は、友市が前記のとおりその建築工事を中止した時点で工事出来高は全体の約二分の一弱(金額にして約一五〇万円)であり、未完成とはいうものの当時すでに独立した不動産たる建物となつていたものであつて、その所有者は同人に原始的に帰属しており、その後大豊建設による加工部分は不動産に従たるものとして民法二四二条によりその所有権は友市に帰属すべきものである。仮に右主張が理由がないとしても、大豊建設が右のとおり屋根瓦を葺き、荒壁を塗つた時点で、すなわち遅くとも昭和四四年一二月には工事中の本件建物はすでに独立した不動産たる建物となつたが、右時点における主たる部分は友市がそれに要する資材を自ら調達して建設した動産であり、大豊建設が右時点までにした工事により出来上つた部分は従たる動産であり、両者が附合して右独立した不動産たる建物となつたのであるから、同法二四三条によりその建物の所有権は友市に帰属したものである。なおその後大豊建設による加工部分は右不動産に従たるものとして同法二四二条によりその所有権は同じく友市に帰属すべきものである。
(5) 友市は、昭和四一年六月二一日死亡したが、同人は生前、本件建物の所有権および被控訴人に対する右占有による損害賠償債権を控訴人に単独相続させる旨遺言していたので、控訴人は友市の死亡により右所有権および損害賠償債権を取得した。
(6) 本件建物の賃料相当額は、一か月につき、昭和四一年一月一一日一一万六八〇〇円、同四三年一月一日一四万四七〇〇円、同四五年一月一日一七万八五〇〇円、同四七年一月一日二二万一六〇〇円、同四八年一月一日二三万四六〇〇円、同年三月一日二三万八八〇〇円であり、被控訴人は、その故意または過失による右占有により、本件不動産の所有者に対し、右金額相当の損害を蒙らせている。
(7) よつて、控訴人は被控訴人に対し、所有権に基づき本件建物を明渡し、右損害賠償として、昭和四一年一月一日から同四八年二月二八日まで合計金一三六八万八四〇〇円、昭和四八年三月一日から右明渡ずみまで一か月二三万八八〇〇円の割合による金員の支払を求める。
(二) 抗弁の認否
(1) 抗弁(1)の事実を争う。
(2) 抗弁(2)の事実を争う。
(三) 再抗弁
(1) 被控訴人主張の公租公課立替金債権については、仮に控訴人が主張の債務を負担するとしても、昭和四七年五月二六日以前に発生した分については五年の時効により消滅している。
(2) 被控訴人主張の地代相当損害金については、仮に控訴人が主張の債務を負担するとしても、昭和四七年五月二六日以前に生じた分は、時効により消滅している。
2 被控訴人
(一) 答弁
(1) 請求原因中、(1)項のうち寺岡建設が被控訴人から本件建物の建築を請負つた事実、友市が控訴人の夫であつた事実、(2)項のうち、友市が本件建物建築のためにした工事の程度が、控訴人主張のようなものであつた事実、(3)項のうち大豊建設が屋根瓦を葺き荒壁を塗つた時期および同建設の本件建物の占有が控訴人から侵奪したものであるとの点を除くその余の事実および(5)項のうち友市の遺言、死亡事実を認め、その余の請求原因事実を争う。
(2) 次の事由により、本件建物の所有権は被控訴人に属する。
(イ) 被控訴人は、昭和四〇年六月二日、寺岡建設に対し、本件建物の建築を、代金六二二万円、着工時一三〇万円、棟上時七〇万円、竣工時残全額を支払う、工程の進行に伴いその都度物件所有権を被控訴人が取得すべき旨定めて請負わせる契約を締結し、寺岡建設は、同月一六日、友市に対し、本件建物の建築を、代金三八〇万円、出来高払いの約で請負わせる旨の契約を締結し、友市は、同年七月中旬棟上げを終え、屋根に瓦の下地板を張り終えた程度で、荒壁も塗らず床板も張らないで工事を止めた。
(ロ) そこで、被控訴人は、寺岡建設の了解を得て、大豊建設に対し、昭和四〇年一〇月一五日、本件建物の右残工事を、代金六一四万九〇〇〇円、完成同年一二月末日と定めて請負わせる旨の契約を締結し、大豊建設は、同年一一月一九日までに屋根瓦を葺き、荒壁を塗り、床板を張り終え、その後竣工させた。
右のような、被控訴人と寺岡建設、同建設と友市との各約旨に照らして、建設中の本件建物の所有権は、友市の工事の進行にしたがい、その都度被控訴人に帰属するものと解すべきであるから、本件建物の所有権は被控訴人に属する。なお、寺岡建設と尼新建設とは、代表者も所在地も同一であつて、同一会社である。
(二) 抗弁
仮に、本件建物の所有権が控訴人に帰属し、被控訴人が損害賠償債務を負担する場合は、被控訴人は、左記債権を有するので、昭和五二年五月二六日、控訴人に対し対当額で相殺すべき旨の意思表示をした。
(1) 建築費不当利得返還請求債権 八二七万九〇〇〇円
被控訴人は、本件建物建築のため、当初その新築代金として寺岡建設へ二一三万円を支払い、次に大豊建設へ六一四万九〇〇〇円を支払つており、控訴人はこれを法律上の原因なくして利得している。
(2) 立替金債権 四一三万九〇五〇円
被控訴人は、本件建物の補修費、保険料として別紙(一)記載のとおり立替支払つている。
(3) 公租公課立替金債権 一八一万四一四〇円
被控訴人は、昭和四〇年から同五一年まで公租公課として合計右金額を立替支払つている。
(4) 地代相当損害金債権 三七八万円
被控訴人は、その所有する本件建物の敷地三三〇m2を控訴人の故意または過失による右占有により、地代相当の損害を蒙つており、その詳細は別紙(二)のとおりである。
(5) 建物管理費用相当債権 四四万九〇七九円
本件建物の管理費用は、徴収家賃金の三パーセントとして右金額に達する。
3 証拠(省略)
理由
一 被控訴人が昭和四一年一月一日以降本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第二ないし第六号証、第一七号証の一四、乙第一二号証、原審および当審証人小畑忠平の証言、同証言により成立の認められる乙第二号証、第五号証の一ないし四、原審における控訴人本人尋問の結果、右尋問の結果により成立の認められる甲第一号証に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
尼新建設工業株式会社は、昭和四八年一二月八日その商号を寺岡建設株式会社と変更(同年同月一六日その旨登記)したものであるが、これよりさき昭和四〇年六月二日寺岡建設株式会社名義でもつて、被控訴人から本件建物の建築を請負代金六二二万円、竣工同年九月末日として請負い、他方前田友市は、同年六月一六日右尼新建設から右工事のうち控訴人主張の工事(請求原因(1)の(ロ)の工事)を除くその余の工事(整地、基礎、側溝・排水工事、土間コンクリート打工事、大工・左官・屋根葺・タイル・金物工事等)を請負代金三八〇万円、右代金は着工時二五万円(手形払)、同月末日二〇万円、上棟時出来高相当額、残額は爾後出来高に応じ随時支払を受ける約束で請負つた。そこで友市は、直ちに工事に着手し、自己の調達した資材でもつて同年七月一五日頃には棟上げを終え、その後間もなく屋根下地板を張り終えた。ところが尼新建設は、その頃までにすでに被控訴人から請負代金の分割払金として四回にわたり合計二一三万円の支払を受けていたのに、友市がその頃までに尼新建設から右下請負代金支払のために交付を受けていた小切手、約束手形がすべて不渡となり、友市としては尼新建設から請負代金の支払を受ける見込みがなくなつたので、その後は屋根瓦も葺かず、荒壁も塗らないまま工事を中止してしまつた(友市が本件建物の建築のためにした工事が右程度のものであつたことは当事者間に争いがない。)以上の事実が認められる。
控訴人は、右程度に工事が進捗すれば独立した不動産たる建物となつたものであると主張するが、本件建物のような住居用建物にあつては、右程度の工事では余りにも未完成部分が多すぎ、右建物はいわば雨ざらし同然であつて取引対策としても少くとも屋根若しくはこれに代わるものを葺いたうえ、壁若しくはこれに代わる設備を施すのでなければ到底一個の家屋として扱われる程度に達しないものと認められるので、控訴人の右主張は理由がない。
三 次に成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、第一二号証、第一七号証の一五、乙第七、第八号証、いずれも被控訴人主張の日に撮影された本件建物の写真であることにつき争いのない乙第四、第九号証の各一ないし四、原審および当審証人小畑忠平の証言、同証言により成立の認められる乙第三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六号証を総合すると、友市が前記のとおり本件建物の建築工事を中止したまま放置し、尼新建設もその後壁下地工事の一部を施工しただけで爾余の工事を続行しないので、被控訴人は昭和四〇年一〇月初頃同建設と話合つて前記請負契約を合意解除し、同月一五日大豊建設工業株式会社に対し右建築の続行工事を電気、ガス、水道工事は別途契約とすることとして請負代金六一四万九〇〇〇円、竣工同年一二月末日とし、なお工事進行に伴い建築中の本件建物の所有権は被控訴人の所有に帰すとの特約を付して注文したこと、そこで大豊建設は同年一〇月二三日頃から右建築の続行工事に着手し、その後友市の申請により発せられた右建築中の本件建物を執行官の保管とする旨の仮処分決定が同年一一月一九日執行されるまでの間に屋根を葺き、内部荒壁を塗りあげ、外壁もモルタルセメント仕上げに必要な下地板をすべて張り終えたほか、床の全部を張り、電気、ガス、水道の配線、配管工事全部および廊下の一部コンクリート打ちをすませていたこと、そして同年一二月八日右仮処分の執行が取消された後大豊建設は右工事を続行して年内にこれを竣工させたことが認められる。前掲甲第一〇号証の一、二中右仮処分執行時における本件建物建築工事の進捗状況に関する記載部分は、前記各証拠に照し正確を欠くものと認められるので、右記載は何ら右認定を妨げる証拠とはならず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
控訴人は、「大豊建設により本件建物の建築工事が続行され、屋根瓦葺工事から荒壁塗工事が終つた時点で未完成の本件建物は独立の不動産となつたものであるところ、右未完成建物はこれを右時点においてみれば、友市がした工事で作られた物が主たる動産を形づくり、その後大豊建設がした工事により作られた物が従たる動産を形づくり、両物件が附合してでき上つたものであるからその所有権は民法二四三条により友市に帰属する。」旨主張するが、同条は各別の所有者に属する数個の動産が結合し、その結果毀損しなければこれを分離できないようになるか、かりに毀損の程度に至らずに分離できたとしてもその経済的価値を著しく減損するか、または分離のために過分の費用を要する場合の右結合した合成物(動産)の所有権帰属に関する規定である。ところが本件はさきに認定のとおり友市が自らその資材を調達して作つた動産たる前記建前(友市の所有物)に大豊建設が自らも資材を供して工作を加え、新たな不動産である本件建物を建築した場合であるから、右建物の所有権帰属は控訴人主張の前記法条をもつて律すべき場合に該当せず、むしろ民法二四六条二項を類推適用してこれを決すべきものと解する。ところで大豊建設による本件建物の建築続行工事は、前記のとおり仮処分が執行された昭和四〇年一一月一九日当時屋根瓦を葺き、外観塗りは未了であつたもののその下地板を全部張り終え、電気、ガス、水道の配線、配管をして内部荒壁を塗りあげていたのであるから、本件建物は右時点において未完成ながら一応独立した建物となつたものと認めるのが相当である。そして前掲乙第二、第六ないし第八号証によると、大豊建設は右時点では右の工事のほか、前記のとおり廊下のコンクリート打ちも一部すませており、なおその取付等は未了であつたが同年一二月一日までにはすでに建具、畳を調製していて、これらの全部を含めると、同日現在で全工程の七割五分から八割程度を施工していたこと、尼新建設の前記請負代金六二二万円中建具、畳工事の代金が六三万六〇〇〇円と見積られていたこと、右請負代金には別途工事とされたガス、水道工事が含まれないことが認められ、以上認定の事実を彼此併せ考えると、大豊建設の続行工事により建築された同年一一月一九日当時における未完成の本件建物(電気、ガス、水道の配線、配管を含み、建具、畳を除く。)の価額は、これをすくなく見積つても四一八万円(右六二二万円から右六三万六〇〇〇円を控除した五五八万四〇〇〇円の七割五分相当額である四一八万八〇〇〇円につき千単位以下を切捨てた額)を下廻らないものと認められるところ、他方前掲乙第七、第八号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一七号証の一三を総合すると、大豊建設が建築続行工事に着手した同年一〇月二三日頃における友市のした前記建前の価額は、これを多く見積つても九〇万円を超えなかつたものと認められる。すると大豊建設が右一一月一九日までにした続行工事の価額は、すくなくとも四一八万円から九〇万円を控除した三二八万円と評価することができ、右評価額は優に前記建前価額の三・六倍にもなるので、本件建物の所有権が友市に帰属するに由ないものといわなければならない。
四 よつて、控訴人の友市が本件建物について所有権を有することを前提とする本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないので、棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙一) 立替金一覧表
<省略>
(別紙二) 地代相当損害金一覧表
<省略>